薬害肝炎訴訟とは

製薬企業および国の責任

原告が訴訟において主張した国及び製薬企業の責任は以下の通りです。

  1. 血液製剤は肝炎ウイルスが混入した危険な製剤だった

    フィブリノゲン製剤が製造・販売された1964年当時、C型肝炎は血清肝炎と呼ばれていました。当時既に、血清肝炎が血液を介して感染することは、医学の常識となっていました。

    ところで、フィブリノゲン・第Ⅸ因子とは、ヒトの血液に含まれ、出血時に血液を固まらせる働きをするタンパク質で、凝固因子と呼ばれています。フィブリノゲン製剤・第Ⅸ因子製剤は、ヒト血液の血漿を1000人から2万人分プールして製造した医薬品です。

    ヒトの血液には既知・未知のウイルスが含まれており、1000人から2万人分の血液を集めて製造した結果、血液製剤にウイルスが混入することは避けられません。したがって、血液製剤を安全なものにするためには、混入したウイルスの感染力を奪うことが極めて重要です。

    しかし、フィブリノゲン製剤についていえば、C型肝炎ウイルスの感染力をほぼ完全に奪える処理(不活化処理)は、1994年9月になるまで導入できませんでした。つまり、フィブリノゲン製剤の製造・販売が開始された1964年から1994年まで、この製剤によってC型肝炎に感染する高度の危険があったのです。

    このように、血液製剤が肝炎ウイルスに汚染され、感染の危険性が高いことは、1964年当時既に明らかだったのです。

    フィブリノゲン製剤について不十分な不活化処理しかなされていなかったことは先に述べた通りですが、第Ⅸ因子製剤に至っては、1974年(PPSB-ニチヤク)及び1976年(クリスマシン)の製造承認時から1985年の加熱製剤承認時まで、不活化処理は全くなされていませんでした。

    何らの不活化処理もなされていない以上、血液製剤が肝炎ウイルスに汚染され、感染の危険性が高いことは当然のことだったのです。

  2. フィブリノゲン製剤や第Ⅸ因子製剤は、使用する必要がなかった

    C型肝炎は、高率に慢性肝炎となり、年月を経て肝硬変、肝がんに至る重い病気です。

    しかし、このような重い病気にかかる危険性があるからといって、ただちにこの血液製剤の製造・販売を禁止すべきだとはいえません。その危険性を上回るだけの有効性があり、かつ、他により安全な医薬品が存在しない場合には、医薬品を使用する必要性が認められることもあるからです。

    では、フィブリノゲン製剤・第Ⅸ因子製剤には、このような必要性があったのでしょうか。

    血液の病気として、先天的にフィブリノゲンや第Ⅸ因子が欠乏するもの(先天性フィブリノゲン欠乏症・血友病など)があります。これらの病気にとって、フィブリノゲン製剤や第Ⅸ因子製剤は有効な薬といえます。

    しかし、フィブリノゲン製剤は、このような先天性の病気だけでなく、出産時、手術時の出血防止のためにも広く使用されました。第Ⅸ因子製剤も、新生児出血症や乳児ビタミンK欠乏症などの後天性の疾患による出血に対して広く使用されました。ところが、このような場面では、フィブリノゲン製剤・第Ⅸ因子製剤には有効性はありませんでした。また仮に有効性があったとしても、1人ないし2人の供血者の血液から作られるクリオプレシピテートや、新鮮血、新鮮凍結血漿の輸血など、より安全な代替的治療法がありました。つまり、あえて危険な血液製剤を用いる必要性はなかったのです。

    実際、アメリカでは、1977年に、フィブリノゲン製剤には肝炎感染の高いリスクがあること、その有効性が疑わしいこと、より肝炎感染のリスクが少ない他の製剤が存在することを理由に、フィブリノゲン製剤の承認を取り消しています。

  3. 製薬企業は、危険な血液製剤の製造・販売を続け、国も黙認した

    先ほども述べた通り、血液製剤によるウイルス性肝炎感染の危険性は、古くから知られていました。そして、血液製剤には、出産時・手術時の止血剤としては有効でなく、より安全な代替製剤が存在していました。

    しかし、製薬企業は、ウイルス性肝炎感染の危険性を軽視し、十分な警告さえしないまま、血液製剤を大量に製造・販売しました。

    国も、これらの血液製剤の適応について何ら限定することなく製造承認を与え、その後も承認を取り消すなどの適切な措置を怠りました。

  4. 国及び製薬企業の重い責任

    国や製薬企業が、早期にC型肝炎に感染する危険性を警告し、少なくとも先天性疾患に適応症を限定していれば、被害は最小限に食い止めることができました。

    アメリカでは、1977年にFDAがフィブリノゲン製剤の製造承認を取り消しました。しかし、日本では、アメリカに遅れること10年、1988年にようやく旧厚生省がフィブリノゲン製剤によるC型肝炎(当時は非A非B型肝炎)の感染について緊急安全性情報を出して危険性を警告し、さらにその10年後、1998年に、その適応症を先天性血液凝固因子欠乏症に限定したのです。

    このような国の対策の遅れにより、フィブリノゲン製剤によるC型肝炎は蔓延しました。  

  5. 被害救済への厚い壁

    フィブリノゲン製剤に関して言えば、被告製薬企業の三菱ウェルファーマ株式会社は、1980年以降にフィブリノゲン製剤の投与を受けてC型肝炎ウイルスに感染した患者は少なくとも1万人以上いると推定しています。フィブリノゲン製剤が1964年に製造・販売を開始したことを考慮すれば、この製剤によるC型肝炎感染者は少なくとも2倍に達するものと考えられます。

    しかし、C型肝炎は初期症状が軽いため、感染に気づきにくい病気であり、未だにフィブリノゲン製剤によるC型肝炎の感染被害に気づいていない方も多いです。また、感染被害に気づいても、血液製剤投与から年月が経ち、カルテなどの医療記録が破棄され、当時のことを知る医療関係者が死亡または連絡がとれなくなってしまい、投与の事実が確認できない方も多いのです。そのため、薬害肝炎の被害者であっても、救済を受ける機会を奪われているという現実があります。

    国及び製薬企業の責任は極めて重いと言わざるを得ません。

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